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札幌地方裁判所 昭和51年(ワ)3062号 判決 1977年10月01日

主文

一  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金八、八〇一、九一四円および内金八、〇五一、九一四円に対する昭和五〇年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その二を被告らの各連帯負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。但し、被告国は、原告らに対し、各金二、五〇〇、〇〇〇円の担保を供すれば、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自原告らそれぞれに対し各金一三、四九一、八六一円および内金一二、四九一、八六一円に対する昭和五〇年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告岡本孝志

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告国

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  交通事故の発生

訴外亡有元不二男(以下、亡不二男という)は次の交通事故で死亡した。

1 発生日時 昭和五〇年五月一二日午後八時四五分

2 発生場所 岩内郡岩内町字敷島内六一番地先国道二二九号線(以下、本件道路という)沿い。

3 事故態様 被告岡本孝志(以下、被告岡本という)は軽四輪乗用自動車(以下、本件自動車という)を運転し、亡不二男が助手席に同乗し、本件道路(幅員約五・六メートルのアスフアルト舗装道路)を雷電方面より岩内町市街方面に向け進行中、前車である大型貨物自動車をその右側から追い越すため対向車線上に自車を進出させた際、自車を対向車線右側の窪地(深さ約二〇センチメートル、長さ約二・四メートル、幅約一・三メートル)に落として車をバウンドさせ、ハンドル操作の自由を失い、自車を道路右側路外に逸脱させて電柱に激突させ、亡不二男を頭蓋底骨折により、まもなく死亡させた。

(二)  被告らの責任原因

1 被告岡本

被告岡本は、追越しをする際、右大型貨物自動車の速度動静を注視するのみならず、進路前方を注視しながら進行しなければならないのにこれを怠つた過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任がある。

2 被告国

本件道路の管理者は国であるが、道路上に前記のように窪地(深さ約二〇センチメートル、長さ約二・四メートル、幅約一・三メートル)があり、この窪地に車輪が落ちればハンドル操作の自由を失うおそれがあるなど極めて危険な状況にあつたにもかかわらずこれを放置していたもので、道路の管理に瑕疵があつた。

従つて国家賠償法二条に基づく責任がある。

なお本件窪地は本件事故後まもなく補修されている。

(三)  亡不二男の損害

1 逸失利益 二六、四三三、一二三円

亡不二男は本件事故当時、満二四歳の健康な男子で北海道電力株式社会に勤務しており、昭和四九年度の一年間の給与総額は、一、五五八、三六一円であつた。ところで右会社の従業員の賃金平均昇給率は

昭和五〇年四月 一四・二%

同年六月 三・五%

昭和五一年四月 八・五%

同年一〇月 三・八%

昭和五二年四月 八・六%

同年八月 二・七%

となつている。

そこで亡不二男について、少なめに計算して昭和五〇年度は一五パーセント、昭和五一年度および昭和五二年度は一〇パーセントの昇給率として計算すると次の通りとなる。

昭和五〇年度 1,558,366×1.15=1,792,120円

昭和五一年度 1,792,120×1.10=1,971,332円

昭和五二年度 1,971,332×1.10=2,168,465円

そこで生活費控除を二分の一とし、六七歳まで就労可能として、ホフマン式計算法によつて計算すると次表の通りその合計額は二六、四三三、一二三円となる。

年間総所得 生活費控除 逸失利益現価

昭和50年度 1,792,120 896,060 896,060円<1>

昭和51年度 1,971,332 985,666 985,666円<2>

昭和52年度 2,168,465 1,084,282 1,084,282円<3>

昭和53年度以降について、就労可能年数40年、ホフマン係数21.643

昇給を見込まないで計算すると次の通りである。

1,084,282×21.643=23,467,115円 <4>

<1>、<2>、<3>、<4>の会計額 26,433,123円

2 慰謝料 四、〇〇〇、〇〇〇円

3 原告らは亡不二男の両親であり、同人の右損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(四)  原告らの固有の損害

1 葬儀費 四〇〇、〇〇〇円

2 慰謝料 四、〇〇〇、〇〇〇円

原告らそれぞれにつき各二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

3 弁護士費用 二、〇〇〇、〇〇〇円

原告らは本訴の提起・遂行を原告ら代理人に委任し、成功報酬として二、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨約した。

(五)  損害の填補

原告らは自賠責保険より、九、八四九、四〇〇円を受領したので、その限度で原告らの損害は填補されたことになる。

(六)  よつて被告らは各自、原告らそれぞれに対し各金一三、四九一、八六一円および内金一二、四九一、八六一円に対する本件事故の日である昭和五〇年五月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告岡本の答弁

(一)  請求原因第(一)項の事実は認める。

(二)  同第(二)項中、被告岡本に過失があつたことは否認する。被告岡本が、窪地の存在を、窪地より一九・一一メートルの地点に接近する以前に認識することは不可能であつたし、その後においてこれを認識しえたとしても、瞬時に事故の発生を回避する措置をとることを期待することは不能を強いるものである。

(三)  同第三項中、原告らが、亡不二男の両親であることは認めるが、その余の事実は不知。

(四)  同第(四)項の事実は不知。

(五)  同第(五)項の事実は認める。

三  請求原因に対する被告国の答弁

(一)  請求原因第(一)項中

1、2の事実は認める。

3のうち、国道二二九号の幅員、窪地の位置、形状および被告岡本が本件自動車を窪地に落してバウンドさせたことはいずれも否認するが、その余の事実は認める。

すなわち、国道二二九号線の幅員は五・五メートルであり、また窪地の位置は車道外側線上から路肩部分に存在していたもので、車道外側線の内側にはくいこんでいなかつたものである。

本件事故は、本件自動車が窪地に落込んだため生じたものではなく(もし、窪地に落込んだものとすれば、その周辺に車輪跡や水しぶき等の形跡が残されて然るべきであるのに、事故直後の実況見分調書にはこれらが記されていない。)もつぱら、軽自動車であることを無視した被告岡本のスピードの出し過ぎと無謀な追越しによるハンドル操作の誤りおよび同被告の運転技術の未熟によつて生じたものである。

(二)  同第(二)項2のうち、本件道路の管理者が国であること、窪地が事故後間もなく補修されたことは認めるが、道路管理に瑕疵があることは争う。

なお、仮に本件自動車が窪地に落込んだものと仮定しても、右窪地は車道上ではなく路肩上に存在したものであるところ、路肩部分を通行することは車令制限令九条によつて禁止されているものであるから、右窪地の存在をもつて本件道路の管理に瑕疵があつたとは到底いえない。

(三)  同第(三)項の事実はすべて不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第(一)項の事実は、原告らと被告岡本との間ではすべて当事者間に争いがなく、原告らと被告国との間でも、国道二二九号線の幅員、窪地の位置、形状および被告岡本が本件自動車を窪地に落したことを除いて、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件事故現場付近の道路の状況と本件事故の態様等

いずれも成立に争いない甲第三号証の一および三、同第三号証の六ないし一一、乙第一号証、証人新川正敏の証言、被告岡本本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する被告岡本の供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、本件道路は、車道幅員五・六メートルの国道二二九号線であり、車道の両側に車道外端から約一五センチメートルの幅で車道外側線(白色実線)が引かれ、右白線の外側は幅約一メートルの路肩部分となつている。

事故現場は幌内橋の北方約七九メートルの地点であるが、事故後の実況見分に際して本件自動車によるものと思われるタイヤ痕として、右橋の北方約三五メートルの道路右側端から長さ約四・七メートル、約三メートルの二条が、さらにその前方約七メートルの中央線上より約三〇メートル、約二五・五メートル、約二四・三メートルの三条がそれぞれ認められた。そして、幌内橋より北方へ約一〇数メートルにわたつて、東側の車道外側線が切れていたが、右橋の北方約一五メートルの、右外側線(その幅は約一五センチメートル)の延長線上の車道側から路肩部分にかけて、幅約一・三メートル、長さ約一・四メートル、深さ約一〇ないし一五センチメートル位の、水の溜つた窪地(以下、本件窪地という)が存在していた。

ところで、被告岡本は、幌内橋の南方約三〇メートル付近から前車である大型貨物自動車(保冷車)の追越をはじめ、右橋の直前で右保冷車と並進する形となり、バツクミラーに右保冷車が写つてから自車線に戻るべく、そのまま時速約七〇キロメートル位の速度で、かつ、右保冷車との接触を避ける気持から対向車線の右側端に沿つて漫然と直進し、前方の路面の状況を注視することを怠つたため、自車の右前後輪を本件窪地に落してバウンドさせ、車体が浮き上つたのに狼狽してハンドル操作の自由を失い、ハンドルを漫然と左、右に切り返して自車を本件道路の右わきに逸走させ、その左前部を道路わきの電柱に激突させたものである。

以上の諸事実が認められるが、被告国は、事故後の実況見分において、本件窪地の周辺に車輪跡や水しぶき等の痕跡が認められなかつたのであるから、本件自動車は窪地に落ちていない旨主張するので、以下、この点について付言する。

成立に争いない甲第三号証の三および七ならびに証人新川正敏の証言によれば、新川巡査は、本件窪地の状況を見分するに当り、右窪地の存在が本件事故原因の究明に重要な意味をもつことを十分認識していなかつたこと、従つて、窪地の存在を実況見分調書に記載するについても単に概括的な道路状況を明らかにするという程度の意味で記載したものにすぎないこと、このため、実際には、本件窪地の近くにも、前示の約四・七メートル、同三メートルの二条のスリツプ痕の延長線上に相当する位置に長さ約二ないし三メートルのスリツプ痕が認められたのであるが、それが薄くて相当注意しないと認識できない程度であつたこともあり、特にこれを実況見分調書に記載しなかつたものであること、がそれぞれ認められる。水しぶきについては、証人新川正敏はこれを認めなかつた旨供述する。しかしながら、そもそも実況見分は、事故後約一時間半経過後に行われているのであるから、水しぶきは、すでに乾いてしまつている可能性が強いこと、また仮に乾ききつてはいなかつたとしても、よくよく注意しないとわからない状況であつたものと推認されるところ、本件実況見分はパトカーのライトと懐中電燈の明りに頼つて行われた(証人新川正敏の証言によりこれを認める。)ことおよび新川巡査が前示のように窪地の重要性を認識していなかつたこととを考え合せると、同巡査は水しぶきの痕跡はこれを見落してしまつた可能性があるものといえる。以上のとおりであるから、本件自動車が本件窪地に落ちた痕跡が認められない旨の前記被告国の主張は失当である。

三  被告岡本の責任

被告岡本には、前示のとおり、被追越車の大型貨物自動車の動静に気をとられ、前方の路面の状況を注視しないまま時速約七〇キロメートルの高速で漫然追越を継続し、かつ、本件自動車を窪地に落した際、いたずらに狼狽し、ハンドル操作の自由を失つてしまつた過失があることが明らかであるから、民法七〇九条により、本件事故に基づく損害賠償責任を負うことは明白である。

四  被告国の責任

(一)  本件道路の管理者が被告国であることは当事者間に争いがなく、本件道路上の前示の位置に、本件窪地が存在し、かつ、右窪地に本件自動車の右前後輪が落ち、このことが本件事故発生の一因となつたことは前示のとおりである。そして、一般的に、本件窪地のような窪地が本件道路のような国道上に存在すると、車輪を窪地に落した運転手が狼狽し、ハンドル操作の自由を失うおそれがある等極めて危険なことは明らかであるから、本件窪地を放置しておいた被告国の道路管理には瑕疵があつたものといわざるを得ず、従つて、被告国は、国家賠償法二条により、本件事故に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

(二)  この点につき、被告国は、本件自動車が窪地に落ちたものとしても、本件窪地は路肩上に存在したものであり、路肩部分を通行することは車令制限令九条によつて禁止されているものであるから、右窪地の存在をもつて瑕疵があるとはいえない旨主張する。

なるほど、車令制限令九条は、「・・・車輪が路肩にはみ出してはならない。」と規定しており、路肩が、「本来的に車両の通行を予定されているもの」でないことは明らかである。しかしながら、だからといつて、路肩部分に窪地があることが、道路の安全性の判断に当り、無関係であるとはいえない。その理由は次のとおりである。すなわち、路肩とは、道路の主要構造部を保護し、または、車道の効用を保つために、車道等に接続して設けられる帯状の道路の部分をいう(道路構造令二条一〇号)ものであるが、右にいう「車道の効用を保つ」とは、道路に余裕幅がないと、車道の端を通行する自動車は道路をはみ出す危険があるため速度を出せず、速度を出すためにはどうしても車道の中央に寄らざるを得ず、その場合には逆に対向車、被追越車との衝突を避けるため速度が出せず、結局道路に余裕幅がないと、車道の端の方が活用されなくなつて道路の交通容量の低下を来し、道路の効用を著しく阻害してしまうので、これを避けるため、余裕幅をとることによつて自動車の走行速度を確保しようとした趣旨であると解される(路肩の車道の効用を保つという趣旨は他にも若干考えられるが、本件に関係ないので省略する。)から、道路は、自動車が車道側端もしくはこれを若干はみ出して路肩部分を走行したときにおいても、その走行の安全が確保されるように設置、管理されていなければならないものというべきである。

これを本件についてみると、本件窪地は、前示のように、幅約一五センチメートルの車道外側線の延長線上の車道側から路肩部分にかけて存在したものであるところ、被告岡本は、前車たる大型貨物自動車との接触を避けるため車道外端に沿つて進行中、追越完了前に、本件窪地に右前後輪を落してハンドル操作の自由を失い本件事故に至つたものであるから、右窪地の存在は、本件道路をして、道路としての安全性を欠くに至らしめているものというほかはない。

五  そこで、損害について判断する。

(一)  亡不二男の損害

1  逸失利益

いずれも成立に争いない甲第二号証、同第三号証の二、同第四号証を総合すると、亡不二男は本件事故当時満二四歳の健康な男子で北海道電力株式会社に勤務し、昭和四九年度の一年間の給与総額は一、五五八、三六一円であつたこと、同人の給与は、もし、同人が存命していたとすれば、少くとも、昭和五〇年度は年一五パーセント、昭和五一年度および昭和五二年度は年一〇パーセントは昇給したはずであることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実を前提に、生活費控除を二分の一、六七歳まで就労可能としてライプニツツ式計算法により亡不二男の逸失利益を計算すると次のとおり合計一九、五五三、二二八円となる。

年間給与総額 生活費控除 現価

昭和50年度 1,792,120円(1,558,366×1.15) 896,060円 896,060円

昭和51年度 1,971,332円(1,792,120×1.10) 985,666円 938,649円(985,666×0.9523)

昭和52年度以降 2,168,465円(1,971,332×1.10) 1,084,232円 17,718,519円(1,084,232×16.342)

2  慰藉料

亡不二男が本件自動車に同乗した経緯その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、金三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

3  原告らが亡不二男の両親であることは被告岡本との間では争いがなく、被告国との関係では成立に争いない甲第一号証によつてこれを認める。そうすると、原告らは、各二分の一宛、亡不二男の損害賠償請求権を相続により取得したものと認められる。

(二)  原告ら固有の損害

1  葬儀費

弁論の全趣旨により原告らが金四〇〇、〇〇〇円の葬儀費用の支出を余儀なくされたことを認める。

2  慰藉料

諸般の事情を考慮し、金三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

3  弁護士費用

本件訴訟の経過、認容額等に鑑み、原告らの弁護士費用のうち、金一、五〇〇、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係があるものと認める。

(三)  損害の填補

原告らが自賠責保険より、金九、八四九、四〇〇円を受領したことは原告らの自陳するところであるから、その限度で、原告らの損害は填補されたものと認める。

六  結論

そうすると、原告らの本訴請求は、被告らに対し、各自、原告らそれぞれに対し各金八、八〇一、九一四円および内金八、〇五一、九一四円に対する本件事故の日である昭和五〇年五月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限りで認容し、その余の被告らに対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言および同免脱の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

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